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その夜の自分は 大いに舞い上がっていた。

パリの夏の夜の幻想的な雰囲気は、日本から来た旅慣れしていない若者の心なんて簡単に狂わせる。

その日は日中に街を歩き、一度ドミトリーへ戻って夜からまたパリの中心へ出かけ、
パリを象徴する建築の一つであるエッフェル塔に登って夜景を楽しんでいた。

直前の旅で行ったエンパイアステートビルからの夜景も素敵だったが、エッフェル塔の上からの夜景も実に見事だ。
高さ276mに位置する第三展望台からは「トロカデロ庭園」や「シャイヨー宮」が見え、パリにいるんだなーという気持ちが強くなった。

そうやって生ぬるいけどカラッとした夏のパリの外気に触れながらぼーっと外を眺めていると、突然塔に付いた沢山の電球ががチカチカと点滅し出した。

日没後、一時間ごとに行われるシャンパンフラッシュというものらしい。
幻想的な夜に魅惑のエッセンスを加えるその光は、辺りにいたカップル達をますます忘れられないひと時にする。

たった一人でそれを見ている自分にとってはそれまで全然感じていなかった寂しさというものを急に心の底から呼び起こすものになったんですけどね

幻想的パリの夜

 “彼らのように日常生活を謳歌したい…”

そんな特別な時を満喫した自分はエレベーターで第二展望台まで降てから、階段でゆっくりと夜景を楽しみながら地上へ降り始めた。

落書きだらけの階段を降りながら、沢山書かれたハートマークで囲まれたカップルの名前を羨ましく見つめ、どうせここを降りるカップル達は人気がなくなった瞬間にキスが始まるんだろう。とさもしい想像をしながら、しかしそうならないわけがない素敵な雰囲気を堪能して地上に戻った。

すると今度は目の前のシャン・ド マルス公園では夏の夜のパリを楽しむ人々が沢山!

皆シートを敷いて食事したりワインを飲んだり。ボール遊びをする人や、談笑にふける人々や。どの人々も楽しそうで、パリの夏の夜、そして人生を謳歌してるんだなという熱量が伝わってきたもんだから、ますます自分は舞い上がってしまう。

そしてそのままÉcole Militaire駅からメトロに乗りMairie de Saint-Ouen駅へ戻る。

そのつもりで行ったのにやらかしてしまった。

きっと、直前の旅行がNYだったのも原因の一つだろう。
あそこのメトロは24時間運行だから。

プラットフォームへ降りると、ちょうど電車が地中へと消えていく所だった。この時間だから次が来るまで待ちそうだなー、残念。

と思いながらベンチを探そうとすると、何やら雰囲気が変だ。

同じように電車に乗れなかった人はとても悔しそうな顔をしてホームから出ていき、後からホームに来た人は何やらワイワイ話してホームから出て行って。

そこで自分も悟った。

これは終電が行ってしまったのだと。

浮かれて舞い上がっていた自分はそこで一気に現実に戻され、頭が真っ白になってとりあえず無駄に走って地上へと出た。

"ヤバい ヤバい ヤバい ヤバい ヤバい"

さて、道もよくわからぬ海外で終電を逃しどうやって帰ろうか。

当時だからiPhoneもiPadも無く、Googleに頼る術は無し。

手元には地球の歩き方があるだけ。

ここで深呼吸をしてよく当たりを見渡すと、深夜バスがいくつか走っていた。

深夜バス。そもそも日本に住んでいてもバスには滅多に乗らないし、パリのバスは路線がどうなっているのか全くわからない。

バス停に行って路線図を見ても全然理解できず、その上深夜バスの時間だから路線自体も日中のと同じではなくますますわからない。

かといってタクシーには勿体無いから乗りたくないし…

と考えながら道路を眺めていると、自分の目的地Mairie de Saint-Ouenに似た名前、Mairie de 18e行きのバスを見つけた。

名前が似ているならおおよそそっちの方面に行く。少しでも歩く距離を減らせる。それに乗って中で誰かに聞いてみたらなんとなく行けるだろう。

 

パニックになりながら

今思えばかなり危険な判断
例えばこれが新宿駅と新宿三丁目駅という程度の似ているならまあほとんど同じ場所だからそれは大正解の英断になる。六本木駅と六本木一丁目駅だと、意外と離れていて驚くが、まだなんとか歩いていける距離。

しかし、最悪の場合これが浜松町と浜松くらいの離れ方になるともう取り返しがつかなくなってしまう。

そんなリスクは一切考えず自分はバスに飛び乗った。

話を少し戻して

男は疲れ切っていた。レストランでの仕事を終え、深夜バスに乗り休みの明日をどうするか考えていた。

いつものカフェに行ってのんびりするも良し、たまには映画を観るも良し。
どうせ特にやることのない休日。いっそ今日の疲れた身体を休ませるために昼過ぎまで寝ていようか。

椅子に座ってぼーっと考えていると、怯えた顔をした男性がバスに乗ってきた。
まだ若そうな、韓国人か日本人の青年。

普段この時間のバスでは見かけない感じだった。観光客だろうか。

まあ自分には関係ない。さて明日はどうしようか。

と考えていたらその青年と目が合った。そして更にその青年は話しかけてきた。

そう、自分はバスに乗り、誰かに助けを求めようした。

運転手は話しかけずらそうなオーラを出している。
携帯電話を触る女性、雑誌を読む男性、見つめあって二人の時間を楽しむカップル、談笑している男性達。

日本の一般的な進行方向に向かって座席が並ぶバスとは違い、自分の乗ったそのバスは向き合った座席が点在するもの。
そして3mほど離れたところに座る一人の男性に目がいった。
彼は携帯電話を触っているわけでもなく、新聞を読むわけでもなく、一人正面を見ている見たところ60代くらいの男性。

彼ならば助けてくれるかもしれない。

彼と目が合った。いくしかない。
自分は席を立ち彼の元へ歩きながら、その歩くわずかな時間にどうやって声をかけるべきか頭をフル回転させた。

その時思い出したのが、パリに着いた日の翌日、街を散策し出す前に宿泊地の近くにスーパーマーケットはないか探していた時のことだ。

通りを歩いていると、家の二階の窓から通りを眺める老人がいた。

“Hey Excuse me. I’m looking for some supermarket nearby, so do you know some good one?”

男性は何も答えなかった。これが噂に聞く、フランス人は英語を話したくないやつか

と理解した自分は次にフランス語で彼に尋ねてみた。

“Excusez-moi Monsieur, je cherche un supermarché, y en a-t-il un près d’ici ?”

「すみませんMonsieur、スーパーマーケットを探しているのですがこの近くにありますか?」

“tout droit et tournez à droite”

「直進して右折」

手で方向を示しながらそう言って彼はまた通りを眺めた。

答えてくれた!このパリ旅行の2年ほど前に一年間だけフランス語を勉強していた事に、心底やっていて良かったと思った瞬間だ。

その後数日間いろいろな場所を観光して、フランス語でなければというのは特に年配の方だけだと知って安堵したのだが、その時のことを思い出し彼に困りきった表情のまま地球の歩き方の地図を指差して話しかけた。

“Excusez-moi Monsieur,  Je voudrais aller ici”

「すみません。ここに行きたいのですが…」

自分がなぜこの状況になったのかの説明だったり、このバスが果たしてその方面に行くかも聞きたかったが、
私の仏語力ではこれが限界だった。

けれど、彼はその時このアジア人が置かれている状況を察してくれたのだ。

自分が聞き取れたのはD’accord….” (OK) だけだったが、雰囲気的には「大丈夫、教えてあげるからこのまま乗っていて平気だよ」という感じの事を言ってくれたのだと思う。

一瞬笑みを見せた彼は再び口を閉じぼーっと考え事を始めた。

とりあえずD’accord(OK)と言ってくれたから、きっと降りる所とかを教えてくれるのだろう。そう楽観的考えで自分は落ち着きを取り戻し、その時が来るのを待った。

しばらくして、彼が突然何か私に話しかけ手招きをしながらバスを降りようとした。これは彼の目的地?それともここで乗り換えなのかな?わからないまま自分は彼の後をい、バスを降りると彼は通りを隔てた先のバス停へ。

新たなバス停で待ちながら大丈夫なのかな… と心配そうに彼を見つめると、「ここが私の目的地だ。だけど大丈夫、君を連れて行ってあげるから」彼の身振り手振りや所々理解できる単語的にそんな事を言ってるだろうと思う。

微笑みながら自分に何か言ってくれたけれど、何と言っているのか全くわからない事が歯痒い。何よりも、彼はこんな時間で疲れているだろうに見ず知らずの日本人相手に自分の目的地を通り越してまで送ってくれることが申し訳なく感じた。

乗り換えたN01のバスの中では突然ケンカまで起こり、こんな時間だし皆疲れて苛立っているんだろうなと思いながらビクビク見ていると更にもう一度。今度はN14のバスへ乗り換え。少しすると「ここで降りるよ」という感じで何か言ってくれながら、彼はバスを降りようとするので自分もバスの外へ。

驚いたことに、そこはいつも見るMairie de Saint-Ouenの市役所前の広場。

結局彼は自分を目的地まで連れて行ってくれたのだ。

彼は多分仕事後で疲れているだろうに、しかも時間はもう朝の三時近く。そんな時間まで突然初めて会ったアジア人観光客にここまで親切にしてくれるなんて。

”Merci beaucoup.Merci beaucoup.”仏検4級(しかもこれは問題文でわからない単語があったとしても文法的に判断して解けば合格出来る)レベルの仏語力ではそれを連呼するのが精一杯だ。

すると彼は手を広げ、ハグをしようとしてきたので瞬時にそれはla bise(ビズ頬と頬を合わせる挨拶)だなと直感し、人生において初めてのビズを経験した。彼のみじかいひげが自分の肌をチクチクっと刺した。

“Je m’appelle Kazuki, et toi?”

「私の名前はカズキです、あなたは?」

“Je m’appelle Jack”

彼は笑ってそう言う。

海外で現地の人にこんなにも親切にしてもらえるなんて思わなかった

この時自分はいつも勉強に使っていた手のひらサイズの仏語辞書を取り出し
(今と違ってスマホで調べることもできず大変だった)

”Merci beaucoup. Je veux vous remercier et je veux aller avec vous au café. Voulez-vous me rencontrer ici à huit heures ce soir ?”

「本当にありがとうございました。私はあなたにお礼がしたいので、カフェに一緒に行きたいので、今日の夜八時にここで待ち合わせしませんか?」

そう言うと彼は “D’accord……… à huit heures……”

「OK,ここに八時に待ち合わせだね、わかった」

ときっと理解してくれたであろう返事を返してくれた。

”Veuillez me donner votre numéro de téléphone ou votre adresse électronique?”

「電話番号かメールアドレスを教えてください」

待ち合わせの為にそう聞いたが、彼は携帯電話もメールアドレスも無いという。
しかし、「必ず夜の八時にはここで待っているよ」きっとそういう事を言ったんだと思う。 手を振って去ってしまった。

そしてその日の夜。

日中に観光を済ませ、一度ドミトリーに帰った自分はドミトリーで出会った友達たちの夕食の誘いを断り、Jackが本当に来てくれるか半信半疑で駅へ向かった。

驚いたことに、駅前広場へ着くと彼はもう自分を待っていてくれたのだ。

再会の握手をし、近くのカフェへ。

初体験のパリのカフェ。そしてパリの夏の八時はまだ西日がとても明るく、午後四時と言っても全くおかしくない明るさ。

ギャルソンにコーヒーを頼み彼と話を始めたが、自分の仏語会話レベルはミジンコ並み。
ごく簡単な質問を、手元のポケット辞書で調べながら必死に話したが、彼の話すひと単語ひと単語調べなければいけないから会話なんて全然進まない。
結局、彼と話してわかったことは
『彼はレストランで働いている』『昨夜は仕事帰り』『家にPCもないから連絡の手段はない』『フランス人は英語を話したくない人間も多いが、Jackの場合は英語を話せない』

それくらいだ。

今の自分であれば絶対にそんな事ないのだが、この時の自分は言葉が通じない事による壁をそこで作ってしまい、せっかく会ったのに一時間ほどで彼と別れてしまった。

彼との話はこれでおしまい。

今頃彼はどうしてるだろうか。

 

 

「今も元気にレストランで働いていますか?あの時は本当にごめんなさい。もし今あなたに再び会えるのなら、一緒に食事しながらゆっくりとお話がしたいです」

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